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もっと!もっと! 縦横無尽

福島県の小学校教員 なおたかの以前のブログです。

新しいブログは こちらです。

2012-12-29

学びのミルフィーユ

立体的に学ぶ

| 07:56

わたし達の実践の名前が決まりました。

「織り重ねる学び」

です。

どんな授業であっても、バラバラの知識が散乱している状態では「学習」とは言えません。知識を紡いで、整理する必要があります。点から線にするのです。通常の授業でもそこは同じです。

しかし、それではまだ「糸」の状態に過ぎません。引けば切れてしまうし、定着しきれない学習内容も多々出てきます。

それを、我々は「学習レポートや説明文の作成」と「クロスカリキュラム」によって、織物のように学習を「織り成す」取り組みを行っていきます。つまり、線から面になります。さらに、それは日常的な実践を「積み重ねる」ことで、立体へと進化していくのです。

名付けて「ミルフィーユ」。

でも、その中身は甘くはありません。

当たり前のことですが、「書け」と言われて書けるものではありません。書くには「中身」が必要です。

中身を学ぶための「学び合い」が「充実」していることが、絶対条件として必要です。じゃあ、どうすれば「充実」するのか、というのは次回書きます。

何はともあれ、今後、ウチの自慢の子ども達が、どんな学習を織り重ねることができるの、乞うご期待!!!!!!!です!

2012-12-16

書くことの効果

| 22:57

書くことにどんな効果があるのか。

わたしにも段々と見えてきました。

一言で言うと,「思考は表現してこそ鍛えられる」ということです。


算数では式や図を言語で説明するのはよくある学習だと思います。

例えば,7+5の足し算。

わたしが見てきた多くの授業では,ブロックを使って解き方を考えていました。それに加え,

○○○○○ + ○○○○○=○○○○○

○○            ○○○○○

              ○○

なんていうように,アレイ図を書くことも多く行われているかと思います。

もちろん,これらの指導は重要です。が,これだけでは,足し算の学習としては不十分です。大切なのは,これらを「言語化」することです。

「まず,5を3と2に分ける。次に7と3を足して10。10と2で12」

というように,ブロックやアレイ図を活用しながら言語化する活動がないと,身に付きません。

こういった「図を言葉で説明すること」は,算数ではよく行われている学習ですし,一斉授業時代も,わたしは大切にしてきました。

低学年の頃からこういった活動を通して,数をとらえる「感覚」を鍛えておかないと,高学年になってから非常に厳しくなってくるよなあと,高学年を持つことの多いわたしは思います。文部科学省が「言語活動の充実」と言ったり,「思考力・判断力」と「表現力」がセットになっていたりするのは,そういうことなんでしょう,きっと。

で,子ども達に毎日のようにレポートを書かせていたら,だんだんと分かってきました。何かというと,これって社会や国語でも同じなんだな,ということです。

レポートを書いている中で,子どもたちが図や写真を言語化し始めたのです。


例えば,社会。最近では,東京オリンピックと高度経済成長に関する学習で,教科書に載っている写真を基に,語れるようになってきました。

「終戦から20年も経ってないんだよ。それなのに,(写真を指さして)ほら,こんな高速道路ができたわけだから,そりゃあ,外国の人たちも驚くでしょう?」

「こっちの写真(新幹線)もか。こういうのを見て驚いたってことね」

「何で驚くの?」

「普通驚くでしょう?だって,前はこんな(空襲後の写真)だったんだよ?」

「あー,復興したってことか!」

「そうそう。で,この工場の写真は?」

「あ,分かった。こういうのを作るにはお金がかかるでしょう。だからさ,工業を盛んにして,経済を発展させるってことだね」

「こっちに貿易の事が書いてあるよ」

なんていうように,写真やグラフをちゃんと「読める」にようになってきました。

今までは,なかなかそういう読み方をさせることができませんでした。無理やり読ませていた面もありました。


なぜ今になって可能になったのかというと,答えは簡単で,そうしないと書けないレポートを書かせているからです。

どんなレポートかというと,この時間で言えば,「東京オリンピックを見に来た外国人の驚き」→「新幹線や高速道路に代表される日本の復興」→「それを可能にした産業の発展と所得倍増計画」→「その影響で引き起こされた公害問題」というストーリーのレポートです。

子ども達には「文章ではないものを,文章化できるようにしよう。物語のように,ちゃんとストーリーのある話をしよう」と言っています。子ども達が書いた物は,個人情報の関係で,ここには載せられないのが残念。


残念ながら,一般的な授業では,数名の児童や教師が説明するだけで,ほとんどの子は聞いてお仕舞いです。

『学び合い』や協同的な学習では,説明する機会が大幅に増えますから,「ラーニングピラミッド」で言われているように,学習効果は上がると思います。でも,証拠が残らないのが話し言葉の弱いところ。問題を解かせてみたら,解けない。書かせてみたら,全然書けない。なんてこともありました。


その辺りのあやふやさを克服する上で,「書く」というのは非常に有効だなあと実感しています。

さらには,「こういうことを書けるようになれ!」というのは,課題として非常に優秀です。課題がブレません。

『学び合い』の過去の実践を調べてみたら,「教科書を作る」「テストを作る」など,書かせる課題が沢山出てきました。元々,「書く」ということと『学び合い』は相性が良いのだと思います。それらもネタとしては面白いし,魅力的なんですが,多分,毎単元・毎日・毎時間行うのは難しいんじゃないかな,と思います。時数の問題や,学習内容との兼ね合いもありますから。

毎日書かせる。

とてもシンプルですが,続けるのはなかなか大変です。でも,続けることで,子どもたちが学びを折り重ねていくのが見て取れます。

2012-12-02

同じ?

| 08:37

わたし達の実践は、書くこととクロスカリキュラムがその柱となります。

じゃあ、作文を沢山書かせていれば(20代の頃のわたしです)同じ?

もしくは、他教科の内容を取り入れながら授業をすれば(これもやっている先生は多いですよね)同じ?

同じことをやっていると言えるんでしょうか。


いいえ。違います。


もう一つ大切なキーワードが「日常化」です。「恐ろしいほど」の日常化。

昨日、岩瀬ゴリさんとちょん せいこさんの講座に参加させて頂いている中で何度か出たのが「教師が飽きる」という言葉でした。わたしも常々、子ども達がやらなくなるのは、教師に「やれ!」という姿勢が無くなるからだと思っていました。やっぱりね、そうだよね、と思いながら聞いていました。

ゴリさんは、ホワイトボードミーティングを日常化し、恐ろしいくらい繰り返しているはずです。4月5月でオープンクエスチョンを50回はやると決めてやったそうです。ここでも、やっぱりね、と思いました。

わたしも、書く活動を中心に添える!と決めてからは、書ける教科の時は必ず書かせる!と徹底しました。他の先生の授業は仕方ありません。でも、国語、社会、算数、保健など、徹底的に書かせました。子ども達がちょっと弱気になったら、書くことの意義を語り、励まし、鼓舞しました。今後は図工や体育、道徳でどう書かせるかも考えていきます。

そりゃあ、もしかすると「書くこと」が向かない子もいるかもしれません。感じたことを文章で書くより、踊りで表現することが得意なような天才もいるかもしれません。が、書くというのは、世の中のニーズや学習指導要領の内容に照らして、オカシナことではないでしょう。

そして、わたしの実感として、子ども達の力が伸ばせる!と自信を持って言い切れます。

客観的に見ても、主観的に見ても、間違えていないと思っています。

だから、自信を持って書くことを求め続けています。


ゴリさんも、ホワイトボードミーティングは、子ども達の力が伸びると、主観的にも、客観的にも、確信しているのだなあと感じました。その確信と、ゴリさんのお人柄と、あの技術が合わされば、絶対に子ども達は伸びるでしょう。だって、やっぱり凄かったもん、ゴリさん!


昨日も若い先生が沢山学んでいらっしゃいました。

やっていることは同じ「ホワイトボードミーティング」かもしれません。でも、本当に同じだと言えますか?

技術の話ではありません。技術ではかなわないでしょう。当たり前です。

技術の前に、これで伸ばす!という覚悟は同じレベルですか?これなら伸びる!という確信は同じレベルですか?

技術は学べます。若い先生は、沢山吸収すべきです。

でも、技術だけでは同じにはなれません。違うのは「そこ」ではないんです。

凄い人は、「そこ」が違うんですよね、やっぱり。