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もっと!もっと! 縦横無尽

福島県の小学校教員 なおたかの以前のブログです。

新しいブログは こちらです。

2013-11-25

調子

| 23:47

自分が所属する集団の調子が悪い中で,自分だけが好調を維持するというのは無理なことです。周囲の調子が悪ければ,自分の調子も落ちます。逆に,周囲の調子が良くなればなるほど,自分自身も望ましい方向へと向かっていきます。みんなで調子を上げていくことができるのです。だから,集団の構成員である以上,自分のことだけではなく,周囲のことも考えながら行動することが不可欠だと考えています。

これが『学び合い』で言うところの「教えることは徳ではなく,得」ということでしょう。


でも,この「得」が成立するのは,集団の管理者が「関わり合う集団(学級なら,学び合う集団)」を形成できる能力を持っている場合です。管理者がその力を持っていない場合は,みんなで調子を上げていく関係は作られません。出来る人は出来る。出来ない人は出来ない。そういう集団になります。各人の能力がそのまま反映され,そして,全員が調子を落としていくことになるでしょう。出来ていたはずの人も出来なくなっていきます。だって,どんなに有能な人でも,先に苦しくなった人たちが処理できなくなった仕事や課題がどんどん回されてきて,最終的には潰れるまでやるべきことが膨らむでしょうから。潰れないためには,一人で数人分の仕事を片付けられる能力が備わっている必要があります。

そんな人,居ませんよね。


シアトルマリナーズ時代のイチロー選手は,最下位にあえぐチームの中で「チームの勝利よりも,個人の記録を優先させている」と批判されたことがありました。イチロー選手が個人記録優先の意識を持っていたのかどうかは分かりませんし,そんなエゴイスティックな選手だとも思えませんが,でも,不調のチームの中で自分を潰さないためには,周囲からある程度の距離を取る必要があり,それが誤解を生んだのかもしれないなと空想しております。

集団の不調に対して,自分だけ無関係であろうとするのは,スーパースターであっても難しいでしょう。

いわんや凡人をや!です。

2013-11-18

そんなに変わっていない

| 19:35

先日,新聞で「人前で化粧をする女性が増えてきたというのは,最近の話ではない」ということを知りました。ちょっと引用します。


『驚いたことに、1935年6月の本紙にあった。電車や人混みで顔をはたき口紅を塗る女性をよく見かけるが、感心しない、人の見ない場所でしなさい、と。実は戦前すでに珍しいことではなく、年長者は眉をひそめていたらしい』(朝日新聞「天声人語」11月12日  より)


これを読んで,少々の驚きがあると同時に,「やっぱりな」という気持ちもありました。


「最近の日本人は変わった」という言葉に,わたしは懐疑的です。

また,「最近の子供達は変わった」という言葉はほとんど信じていません。以前は,そんな風に思っていたこともあったのですが,近頃のわたしは「そんなに変わっていないんじゃないか」と考えています。

全く変わっていないとは思っていません。体力が落ちたとか,睡眠時間が減ったとか,体格がよくなったとか,転ぶ時に顔を打つようになったとか,平均値を比べれば多少の変化はあるのだとは思います。

けれど,人間の本質は,そんなに変わっていないだろうと思うのです。


例えば,

「最近の子供達の行動は,ゲームの悪影響が大きい」

という話を先生方がしているのを聞いたことがあります。ま,よくある話ですよね。

そういう話では,「ゲーム脳」とか「命を軽んじる」とか「リセットできると思っている」とか「友達との会話がない」といった話が出てきます。「だから,今の子供達は駄目なんだ」とでも言いたいような口ぶり。


けれど,「ちょっと待てよ」と思うのです。

「昔,子供だった人達」に話を聞くと「カエルに爆竹を差し込み爆発させた」とか「トンボの羽をむしり取った」とか「蟻を潰した」なんて話はよく聞きます。それって,命を軽んじていないのでしょうか。昔の子供は,本当に命を大切にしていたのでしょうか。

また,明治や大正の時代に,貸し本屋が営業を始めた時には

「小説なんて読むようになって,これで日本人は馬鹿になる」

という批判が出たという話を聞いたことがあります。その後も,ラジオが普及すればラジオが,漫画が広まれば漫画が悪者にされたのでしょう。その後も,テレビにビデオ,ゲームと様々なものが批判されたと想像されます。最近では

「テレビ番組のテロップが,日本人を馬鹿にした」

なんて話を聞いて笑ってしまいました。だったら,テロップのないテレビ番組を見れば賢くなるとでも言いたいのでしょうか。


わたしは,ゲームが子供達に良い影響を与える,と言いたいわけではありません。昔から子供達は様々なものから色々な影響を受けてきたのだし,それは良いものもあれば悪いものもあった,と言いたいのです。また,子供に限らず全ての人間には残酷な面もあるし,好ましくない一面もあるものだと言いたいのです。天使や神様のような完璧な人間なんて居ませんよね。

そして,当然ながら人間が完璧じゃないのは,はるか昔から変わらないことです。人前で化粧をする女性が戦前から居たのと同じようにね。


「ゲーム」が登場してから,すでに何十年も経っています。任天堂がファミコンを発売してから30年くらいですかね。ゲームが子供達に悪影響を与えているにしても,もうそんなこと言い訳にしてちゃ駄目じゃないかなあ。


ちなみに,わたしが「変わっていない」と思うのは,人間とは繋がりたいし繋がれるということであり,学ぶことは楽しいということであり,誰だって幸せになりたいということです。そういう本質は,昔も今もそんなに変わっていないんじゃないかなあ。

suzukisuzuki2013/11/18 22:52昔はよかった。今の先生は大変だね。今の子達はだめだ。なんて話は聞きたくないですよね。教師になりたてのころ、散々聞かされ、そのたびに心の中で反発していました。高橋先生の投稿、感動しました。

nao_takanao_taka2013/11/18 23:17suzukiさん、コメントありがとうございます。
駄目な子なんて居ないと思っています。少なくとも、わたしは見たことはありません。

2013-10-10

分かる人には分かる。

| 17:58

人を傷つけたくて傷つける子はいません。

暴れたくて暴れている子もいません。

いじめたくていじめている子もいません。


そういう行動をする子は,「その子の外」に必ず原因があります。「仕方なくそうしている」のです。

じゃあ,どうして学校の中に,人を傷つけたり,暴れたり,いじめたりする子がいるのでしょう。


それは,学校が「その子がそういう行動をするところまで,追い詰めているから」です。

そういう子は苦しいのです。


子供達は,学校から逃れられないと思って生きています。「学校が嫌だから休む」という選択肢を選ぶことは容易ではないと思いこんでいます。その逃れられない(と思いこんでいる)場所が苦しくて苦しくて堪らなくて,もう我慢ができないから,暴れているのです。

暴れることで,自分を苦しめている集団のアウトサイダーとなることができます。そうなると,とたんに気分が楽になります。集団にフィット出来ないというのは,非常につらいものですから,そのストレスから解放されるのです。

そうしなきゃいられないくらい辛いのです。



問題の本質は「人を傷つけたり,暴れたり,いじめたりする子は被害者であり,加害者はではない」ということにあります。


少なくともわたしは今まで,その子の家庭環境や発達障害が原因で人を傷つけたり,暴れたり,いじめたりしている子を見たことはありません。そういう子がいる学級は,大抵の子供達が苦しんでいます。みんなが我慢しています。忍耐の許容量には個人差がありますから,許容量が少ない子から「爆発」します。

許容量の少ない「爆発しやすいタイプ」の子がいることは否定しません。けれど,そういう子をことさら問題視していると,問題の本質を見誤ります。

繰り返しになりますが,人を傷つけたり,暴れたり,いじめたりする子」は被害者であり,加害者はではないのです。そして,その他にも目立ってはいないけれど,苦しんでいる「目立たない被害者」がいるのです。そういう子もいつ許容量を超えるか分かりません。



じゃあ,誰が加害者なのでしょう。

そんなことは書かなくても,分かる人には分かります。

が,分からない人は分かりません。ですから,書きません。

もとかわもとかわ2013/10/10 18:30しっかり、とか、ちゃんと、とか、正しく、とはつまり何かなあ。そればだれにとってもぜつたいかなあ。

小島小島2013/10/10 19:11高橋さんの書いていることも、本川さんの書いていることも、分かるなあ・・・。

nao_takanao_taka2013/10/12 02:50もとかわさん
「誰にとっての ちゃんと なのか」をわたしは問いたいです。

小島さん
分からない人がダメだと言いたいわけではないんですけどね。わたしもダメ教師ですから。

A0153A01532013/10/13 18:44はじめまして。分かりませんねえ。「人を傷つけたり、暴れたり・・・」という子どもは、
やはり加害者なのではありませんか。傷つけられる人にとっては加害者だと思います。
なぜ「人を傷つけるか」ということでは、加害者も被害者だとは思いますが。

nao_takanao_taka2013/10/14 07:39A0153様
はじめまして。コメントありがとうございます。
もちろん,傷つけられている人にとっては,そういう子供を加害者だと感じることでしょう。
そう感じることは当然だと思います。否定しません。
保護者さんの目線から見ても,そう見えるでしょう。それも当然です。

でも,教師がそう勘違いして欲しくないのです。
そうではないと分かる教師だけが,誰も傷つかずにすむクラスを作れます。