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furu-t 学び続ける日々

2015-07-31

公教育とは?

公教育」って何?

最近心に湧き上がる大きな疑問。

どこにいっても同じなんてあるわけない。

なのに「公教育」という言葉は異質なものを排除するのに振りかざされるんだな。

公教育」以外の選択を認めず異質なものを排除し続ける。

その先にあるものは?

公教育」なんていう形のないもやもやとした概念が大きな力を握っている。

震災時に強く感じたけどそれは今なお同じ。

一人一人、一つ一つが違うはずなのにそれを「公教育」という括りで一つにしてあたかも同じだというように見ている。

自分たちを縛り続けるのは形のはっきりしない概念。

それってどう打ち破るのだろう?

様々な人が様々なアプローチで「公教育」という概念を打ち破ろうとしている。

その小さなうねりの一つになれればいいな。

そんなことを思い始めている。

本日得たこと。

実践を発表する場をいただいた。

こういう場で一番学びをもらえるのは自分自身。強くそう感じた。

課題もたくさん見つかったが、得られたものはそれ以上だった。

伝えても伝えきれないことがある。

何を伝え、何を削ぎ落とすか?

思考を再度「整理」する必要があると強く実感。

今日一番の学び。それは生活科、総合学習の変遷を学ぶ中で見た一枚の写真。その写真には大正時代の学級の様子がうつっていた。

唖然とした。

自分のイメージしていた授業と全然違うものだった。

立って話し合っている子もいる。黒板に考えを書いている子もいる。先生に相談している子もいる。一人で学びに向き合っている子もいる。

まさに多様な学びを共有できる教室がそこに映っていた。

教科の枠なんてない。すべての教科をつなげ、生き生きと学び続ける子どもを育てたい。

そんな想いに燃える先人の息遣いを確かに感じた。

「あぁ。自分が目指す道を志した先人が確かにいたんだ」

グッときた。

涙が出そうになった。

まだまだ先に進み続けていける。

そう実感させられる一枚だった。

もう一つ得たこと。

それは自分の追い求めたいと思える人間像のイメージが形になってきたこと。

芯の強さを持ちながらも、柔らかく、温かく進み続ける。

自分が惹かれる人はそういう人。

自分の見ている世界はまだまだ狭い。まだまだ浅い。

もっと高く、もっと広く、深く。

そんなことを再確認できた一日だった。

引き続き明日も貴重な学びの場。

次につながる何かを掘り起こしてきたいと思う。