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furu-t 学び続ける日々

2013-01-14

[7つの力]「在り方」を支える「7つの力」とは?

「在り方」を支える「7つの力」とは?


今まで考えて見えてきたものをまとめていきたいと思う。

教師として、必要とされる7つの力。



それは

①目的を定める力

②自問する力・自分を受け入れる力

③握る力・放す力

④刻む(語る)力

⑤組みたてる力・削ぎ落とす力

⑥繋げる力

⑦求める力・認める力

(⑧往復する力)

である。




これらの「7つの力」は大きく二種類に分類される。

それは

(1)「私」を通して「私」を成長させていく力

(2)「公」を通して「私」を成長させていく力

である。



ここで大切になってくるのが、最終目的地は「私」の成長であるということ。

「在り方」というのは周りの状況によって変わってしまうものではない。

周りがどんな状況であろうと貫かれるもの。

それが「在り方」である。

周りを変えていきたいと思うならば、「自己」の根をしっかりとはっていくことが大切。

入り口がどこであろうと、最終的には「私」の成長に繋がっていく。

それが大切であろう




では、(1)と(2)ではどう違うのか。

これらを具体的に見ていこうと思う。



(1)「私」を通して「私」を成長させていく力とは?


これは自己との対話を通じて自身を成長させていく力である。

わかりやすくいえば、「自己対話」である。

これは「在り方」の中で「根」の部分にあたる。

この「根」の部分を育てていくことで、「自己」という木は揺るぐことのない強固なものとなっていくのだ。



それに対して(2)の「公」を通して「私」を成長させていく力とは何か?


「公」(おおやけ)とは周りの人、ものなど、全体のことである。

先ほどの「私」という閉鎖された自己問答ではなく、「公」という開かれた他者との関係の中で「私」見つめていく力のことである。

授業というのは、教師1人では成り立たない。

子ども達と向き合うこと。

教材と向き合うこと

これらが必要となってくる。

それらと向き合うことを通じていかに「私」(自己)を見つめていくか?

それが

「公」を通して「私」を成長させていく。

ということである。


では、(1)と(2)を先ほどの「7つの力」に当てはめていくとこのようになる。


(1)「私」を通して「私」を成長させていく力

①目的を定める力

②自問する力・自分を受け入れる力


(2)「公」を通して「私」を成長させていく力

③握る力・放す力

④刻む(語る)力

⑤組みたてる力・削ぎ落とす力

⑥繋げる力

⑦求める力・認める力

(⑧往復する力)


ちなみに⑧の「往復する力」

は(1)と(2)を何度も何度も往復してスパイラル状に自己変革をしていくということである。

したがって(1)にも(2)にも含まれない。

ここについては後ほど詳しくまとめていきたい。


では、次回から具体的に「7つの力」について論を進めていくこととする。

[]「在り方」にメスをいれる

授業力を高めていくうえで必要になってくる「教師の7つの力」とは?

今回からテーマを変えて書き進めていくことにしよう。



はじめに申し上げておきたいこと。

これから論じる「教師に求められるの7つの力」は何も「協同学習」を展開する時だけに必要とされる力ではない。

これらの力は「一斉授業」にも求められる力なのである。


これらの力を知ることは、「一斉授業」を磨きたいと願う教師にとっても「協同学習」を展開していくと覚悟を決めた教師にとってもに大きな価値を刻むことになるであろう。


なぜならば、授業とは「教師の在り方」が最大限に問われるからだ。


我々が求める子ども達の姿。

それは「いかなる場であっても学び続ける子ども」である。


「一斉」で学ぶ場であっても「協同」で学ぶ場であっても、関係ない。

どんな場でも、ベストを尽くし自分の成長のために突き進み続けられる。

そんな子ども達を育てたいのだ。


「一斉」か「協同」か?

このような二項対立を超えていくために必要な考え方。

それが

「学び続ける」という言葉であろう。



どんな状況であろうと学び続けられる子ども達を育てる。

その覚悟が道を切り拓いていく。

その覚悟を定めていくことが教師として生きていくために大切なことなのだ。



今から論じる「7つの力」は「教師」としての在り方と共に、「人」としての在り方も高めていく。



結局は教師としての「在り方」でしかない。

そうまとめられてきたものにメスを入れよう。

教師としての「在り方」とは?

それを支える「7つの力」とは何なのだ?


問い続けて10年目。

而立」を迎えた今だからこそ、

今の考えをまとめておこうと思う。


10年後これを見た時、どのように思うのか?

本質をついている部分もあるだろう。

的外れな部分もあるだろう。


未熟さを含めて、「自己」である。

大切なのは見つめることを恐れないことであろう。


良くも悪くも今この瞬間が「スタートライン」なのだから。

これをまとめることで見えてくるものがきっとある。

そんな覚悟を込めて書き進めていきたい。