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furu-t 学び続ける日々

2013-01-10

[]なぜ目的って必要なの?

さて、主体性の続きを書こうと思ったのですが、どうしても書きたいことがわき起こってきたので、ちょっと寄り道

寄り道というか、この話の根幹の部分なので、少しお付き合いください(笑)


今回書きたいこと。それは…

「人には目的や目標が必要なの?」

ということです。

よく言いますよね?

「目標を立てなさい!」

「目標が大切!」

でもそもそもなぜ、目的や目標を立てていくことが大切なのでしょうね?

私にそれを考えさせてくれるきっかけをくれたのは、民間ファシリテーターの「長尾彰さん」でした。

長尾さんが私には教えてくれたこと。それは

目的と目標の違いです。

目的と目標の違いとは何か?

目的の「的」は(まと)と読みます。

「目的」とは自分が目指すべきただ一つの的(まと)の部分を指すのです。


では一方で「目標」とはなんでしょうか?

「目標」という言葉の「標」という言葉。

これは「しるべ」と読みますよね。

「みちしるべ」という言葉がありますよね。

目的地に辿り着くために、つくられるもの。

それが「道標(みちしるべ)」です。


的は向かうべきただ一つの場所。

それに向かっていくために無数にある目印。

それが「標」です。

つまり「目的」に辿り着くために設定されるものが「目標」なのです。(目からウロコ!)

長尾さんは続けました。

「群れ」と「チーム(団)」の違い。それは

「目的」があるかないかなのだ!と。


なるほど!

それを聞いた私はそれから、その考えをもとに子ども達に目的を語ってきました。

もともと仲の良いクラスでしたが、さらにさらに素敵な「チーム」となっていったのです。

「3人のレンガ積み」の話も「目的」を考えるにはとってもいい話です。

こちらもあわせてどうぞ。

http://manabitudukeru.g.hatena.ne.jp/furu-t/20111120


そんなことがきっかけで、「目的」論を強く意識し始めたわけなのですが、それは「頭で理解している」に過ぎませんでした。



実は、ある出来事が私に「目的」の大切さを心に刻んでくれました。

それは「避難所学習支援プロジェクト」を立ち上げたことです。


3月11日に起きた東日本大震災

原発の爆発によって、私の街にもたくさんの避難所が設けられました。


「自分にも何かできないか?」

それが「避難所学習支援プロジェクト」を開くきっかけとなりました。

坂内さんと避難所に赴いた時の衝撃は今でも忘れられません。

騒然とした避難所

混乱、不安、絶望、あきらめ。

そんなものがうずまいている館内。

みんなわけもわからず、いきなり避難者になってしまったのです。

無理もありません。


いつ帰ることができるのか?

これからどうなっていくのか?

全然わからないのです。

避難所には当然子ども達もいます。

もちろん、避難所ですから、学びの場はありません

子ども達はただ、目の前に流れる時間を無意味に過ごしていました。


そう。すべてを根こそぎ奪い取られた彼らには「目的」と呼べるものがなかったのです。


避難所学習プロジェクト初日。

坂内さんがまず行ったのは、「目的」を刻むことでした。

当時の坂内さんのブログです。

http://d.hatena.ne.jp/tontan2/20110326

http://d.hatena.ne.jp/tontan2/20110330/p1



今の状況。

確かに、かわいそう。

確かに、つらいだろう。

しかし、ずっと被害者として生きるのか?

それとも、この状況を打ち破るほどの力をもつのか?

それは自分で決められる。

つらいだろう。苦しいだろう。

確かに周りの人達は君たちを見て「かわいそうだね。」と言ってくれるかもしれない。

でも、「かわいそうだね。」と言ってくれるのは今だけだ。

それは人にとってすべて過去になっていく。

自分を「かわいそう」と思って生きていくことは何にもプラスにはならないんだ。


じゃあ、あなたたちにできることは何なの?

それは簡単。

「未来を切り拓く力をつける」こと。

そう。「勉強だ。」

こんな状況だから、学べないんじゃない。

こんな状況だからこそ学ぶんだ!


「大変だったね。」と誰かに言われた時、


「うん。でもね。あのつらい経験のおかげで、自分は変われたんだ。みんなで乗り越えることの大切さを学べたんだ。」

そう笑って、言えるぐらいの力をつけるんだ。




多分こんなことを坂内さんは語ったと記憶しています。

隣では支援物資が行き交い、

スクリーニング検査が行われているようなざわついた場所で、子ども達は真剣に話を聞いていました。

その語りでさっきまで、投げやりだったように感じた子ども達の表情が引き締まったのです。


その時からでした。

私が「教師にしかできないことってなんだろう?」

と心の中で問い始めたのは。



「かわいそうだね。」「つらいね。」

そう受け止めてあげることも教師には大切な力でしょう。

でも、目的をもてずにいる子ども達に

「それではだめだ。お前たちの進むべき道はこっちだ!」

と指差して導くのも教師にとって大切なの力なのではないか?と。


当時のことをさらに詳しく知りたい方はこちらもぜひ。

http://manabitudukeru.g.hatena.ne.jp/furu-t/20110330

http://manabitudukeru.g.hatena.ne.jp/furu-t/20110331





子ども達は本当によく学びました。

教材も、学習用具も満足にそろっていない。

そんな環境の中で、互いに教えあい、学び合い、支え合いながら学びを深めていきました。


人は目的を見失うと歩みを止めてしまう。

でも、目的が心に刻まれれば、再び歩みを進めていくことができるのだ

強くそう思いました。


自分で歩みを進めていく。

そのためには「目的」を心に定めていきたいものですね。



さて、さて少し長くなってしまいました。

こんなわけで、自分は「目的」を大切にしたいと考えるわけでございます。


震災時期のことを書いていると胸が熱くなってしまいますね。


では、次回(こそ)は主体性の続きを書いていきますね!