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furu-t 学び続ける日々

2013-01-09

[]主体性とは?②

さて、前回は私のヒストリーをもとに(笑)主体性の重要性について語ってまいりました。

今回は前回の話の続き。

「じゃあ、主体性ってどうやって測るの?」

という話です。


私は今、協同学習を展開しています。

でも「協同学習至上主義」ではありません。

実は「協同学習」でも「一斉指導」でも子ども達をよりよく成長させられるならばどんな授業でもいいのです。


「継続性・主体性・連続性」が貫かれているなら、どんなものでも素晴らしい実践だと思います。

今の所、それらをすべて貫く実践は協同学習を主体にしないと実現しないので、今のスタイルをとっている。ただそれだけです。



話を本筋に戻しますね。

授業における主体性の測り方です。


そもそも主体性を高めるというのはどういうことなんでしょうね?

それをわかりやすく解説していきましょう!(キリッ!)

「主体性が高まる」ということ。それは「子ども達が学びの主人公」になる!

ということです。

では、どのような状況が「学びの主人公」になっている状態というのでしょうか?

よく出てくるのが


「子ども達が生き生きと学んで~」

とか

「子ども達が伸び伸びと学びを~」

とか

「子ども達の目が輝いていて~」

なんて言葉です。


おいおい。それってすごくあいまいでないかい?(笑)

そう思いませんか?


何をもって「生き生きと」なの?

何をもって「伸び伸びと」なの?

どんな状態が「目が輝いている状態」なの?(ピカ~ン!!)

これがきちんと説明できれば、「主体的だ!!」と言えるんですけどね(苦笑)

実は私もこの「生き生きと」とか「伸び伸びと」とか言う言葉に振り回されていた時期があったんです。

でもそれで手痛い思いをしたんですよね。

あれは中学校に勤めていた時のことでした。

国語教師だった私は、すべてのクラスの国語を教えていたんです。

小学校で自分のクラスを育てぬくのも楽しいですが、全部のクラスを教えるってのも楽しいんです。

それぞれのクラスで全然雰囲気がちがうんですよね。

あるクラスはすごく前向きで、反応も良いクラスでした。いつも笑顔でみんな生き生きと発言しているんです。仮にA組としますね。

「生き生き・伸び伸び度」で言えばSランクです。(目は常にピカ~ン!)

しかし・・・

隣のクラスは反応が薄くて、積極性が少し低め。

どよ~ん。とした雰囲気が漂っているんです。

「生き生き・伸び伸び度」でいったらCランクですかね。

仮にB組とします。



「生き生き・伸び伸び度」で見ればA組はピカイチなんです!

もうどの先生も

「A組で研究授業をしたいわ!!」

っていうくらいなんです。


でも…

なぜだろう?なぜなんだろう?


テストの結果になるとだんぜん「B組」の方がいいんです!!?

B組は「どよ~ん」としているのですが、教えたことがしっかりと頭に入っているんです。

A組の授業は楽しいのです。すごく楽しいのです。

しかし。指導したことが上滑りしているのです。

脳に刻まれていないのです。

私の教え方の未熟さもあったのでしょう。

しかし、そこで私が得た経験は

「子どもの姿だけで物事を見るのは危険だ」ということ。

もちろん「姿」も大切ですよ。

しかし、そこに「学びの深まり」があるか否かがきちんと理解できていないと、子ども達に「主体性」が育っているかどうかは測れないと思うのです。

勘違いしてもらいたくないから、再度書きますね。

「生き生きと」とか「伸び伸びと」という言葉が悪いと言っているわけではありませんよ。

ただ、教師であるならばそれらを明確に判断できる基準をもちたい!

というわけでございます。

ずいぶん遠回りしましたが、始めの問いに戻りますね。

「主体性の測り方」

どのような状態が「子どもが学びの主人公になっている状態」と言えるのか?

でしたよね。


私はこれを「アウトプット」している時間と考えます。

アウトプットしている時間ってどういうこと?

と思われた方。

少々お待ちを(笑)

今日は息切れなので次回説明していきたいと思います。

[]主体性とは?①

さてさて、怒涛のアウトプット。楽しくなってまいりました。


前回の流れを確認しますね!


「良い授業にはある原則が貫かれている!」

その原則を名づけて

「良い授業の3原則」(まんまじゃん!!)

その3つとは


①継続性があること

②主体性があること

③連続性があること

です。


前回は①の「継続性」について書きました。

ということで、今日は②の「主体性」について書いていきたいと思います!

こうご期待!!



さて、わたくしは、「学びの共同体」や「学び合い」の考え方のもと、協同学習を展開しているわけですが、その時に大切になってくるのが、この「主体性」という言葉です。


子ども達がいかに自分達で学びを切り拓いていくか?

「やらされる」学びではなく、「自らの意志で」学ぶ。

そんな子どもを育てたい!!

子ども達自身が人生の主人公。

「自分が創るんだ!!」という意識を子ども達に刻みたい!!


少々熱くなりましたが(笑)、そんな意識で日々実践を積み重ねています。

この「主体性」については、語っていくとかなり熱くなってしまうので、過去ブログを見てください。ということで割愛いたします(笑)


http://manabitudukeru.g.hatena.ne.jp/furu-t/20120722

http://manabitudukeru.g.hatena.ne.jp/furu-t/20120814



ご存知の方もいると思いますが、私はもともと中学校の国語教師でした。

中学校での経験のほうが小学校での経験よりも実は長いんですよね。

中学校に勤めていたころの私は思い出すだけでも恥ずかしいやつでした。

(ちなみに今でも十分恥ずかしいやつなのですが。)


「子ども達は動かすもの」

なんて考えていたんです。

子ども達にいかに考えさせるか?自主性をもってやらせるか?

なんてことは頭にはなかったんです。

いかに効率よく、子ども達を手のひらの上で動かすか?

そんなことばかり考えていたんです。


だから、いろんな本を読みました。

どんな風に指示をすれば子ども達に伝わるのか?

どんな風に言葉をかければ、子ども達を動かすことができるのか?


テクニック、ノウハウまみれの人間でした。

でもある時きづいたんですよね。


「あれ?この子達、心が育っていない…」って。


子ども達は私がいる時はやるんです。きちんと言うことは聞くんです。

でもね…。

周りに先生がいない時はバラバラなんです。

先生に問題の解決を頼ってくるんです。

先生が解決するのが当たり前なんて考え方の子もいるんです。


その時気づいたんです。

これじゃあ、子ども達を幸せにできない。って。


手のひらにのせるのは簡単です。

握りしめて、縛り付けていうことを聞かせるのは簡単です。

でも、それじゃあ子ども達に本当の意味での力はつけられないんです。

無力です。

しかし、いきなり自分のやり方を変えることはできません。

そんな時、坂内さんとの出会いがありました。

今考えると、この出会いも必然だと思います。

「本当の授業を語れる人に出会いたい。本音で語り合える仲間がほしい。」

そう自分が思い続けていたからこの出会いがあったのだと思います。

坂内さんのブログは左下のリンク集の「もっと!とんたんの学び合い帳」をごらんくださいね!彼も熱(苦し)い男です。

http://d.hatena.ne.jp/tontan2/



さて、なんか本筋からかなりずれてまいりました。

そうそう。

そういうわけで主体性は、私が子ども達につけたい力の「核」となるものなのです。

でも、ここで疑問が出てきますよね?

「子ども達が主体性をもって学んでいるって何をもって測るの?」

という疑問です。

さておもしろくなってまいりました。

次回はこの疑問に斬り込んでいきたいと思います(笑)


感想をお待ちしてま~す。

私のモチベーション維持のためにぜひ!

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[]学びの継続性②

さて、「良い授業の3原則」の一つ。

「学びの継続性がある」

ですが、継続が大切と私が感じたエピソードをもう一つあげますね。

私がひそかにこの冬に始めたことがあります。

それは「お水を飲もうプロジェクト」です(笑)


あんまり水分を取らないわたくし。

意図的に水を飲む場面を設定していこう!

ということで、とりあえず

「朝目覚めたら水を500ミリリットル飲む」

ことを続けることにしました!

(普通の水だといまいちなので、レモンを少々調合してます)


この冬休み、この単純なことを毎日続けていくうちに、自分の体のことについていろんなことがわかってきました。

今では、水を飲む時の感覚で自分の体が好調か不調かがわかります?(びっくり!)

絶好調だと、水がスイスイ入ります。そして飲み終わった瞬間にエンジンがかかります。


でも、体が調子が悪いと、水が体の中に入らないんです。

「あれ?なんでこんなに入らないんだろう?」

そこで分析が入ります。

「あぁ。そういえば昨日寝るの遅かったよな~」

「よるごはんを食べ過ぎたのかな?」

「あぁ~。正月で調子にのってお酒を飲みすぎたんだな・・・(笑)」とか。

自分の体が自分の体の状態をフィードバックしてくれるのです。

これがわかると、自分の一日の過ごし方を再度考えることができます。

毎日同じ時間に、同じことをする。

継続することで、自分の状態を比較することができるのです!


「継続は力なり」

この言葉の奥底に隠されていた意味とは?

それは、

「何となく、何の気なしに、適当に、同じことを続けていく」ことではなく、

「目的をもって、するべき時間をしっかりと決定して、続けていく」ことなのです。


同じことを授業に当てはめます。

あなたの授業には「継続性」がありますか?

「私は授業において毎日、同じことを継続している!」

と胸をはって言える人はステップ1クリアですね。

しかし、

時間がある時だけ

気が向いたときだけ

しかやっていないような実践ならば、もう一度考え直す必要があるかもしれませんね。



ちなみに我々「学び続ける子どもの会」では、この「継続性」に関しては、かなりシビアに意見を言い合っています。


続けられることが大切ということに関して、過去にこんな記事も書いています。

興味がある方は、ぜひお読みください。

http://manabitudukeru.g.hatena.ne.jp/furu-t/20121230


ぜひご感想を。

質問もOKです。

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[]学びの継続性①

「良い授業の3原則」

それは、


①継続性がある

②主体性がある

③連続性がある



今回は①の「継続性がある」

ということについて書いていきたいと思います。



「継続は力なり」

なんて言葉がありますよね。

私はこの言葉が大好きなのですが、その本当の意味に全然気がついていませんでした。

その本当の意味に気がついたのはごく最近のことなんです…。(恥)



「継続は力なり」

この本当の意味に気がつかせてくれたのは、この冬休みの日々です。

今回の冬休みに入る前。私はある決断をしました。

それは、

「この冬は自分と向き合う!!」

ということです。



具体的にいうと、

毎日自宅を出て、近所の喫茶店(ファミレスの時もあり)で自分の内面と向き合う時間を取っています。(快く送り出してくれる家族には本当に感謝です)



喫茶店で過ごす自分の時間。

はじめは、なんか居心地が悪くて、そわそわしていました。でも、毎日毎日それを続けていくうちに、なんかそれが「当たり前」になってきたのです。

そして、その時間がないとなんかそわそわしている自分に気がつきました。



最近お気に入りで行っているファミレスはとても親切です。

「ドリンクバーをください。」と私が頼むと

「お決まりでしたらお飲みものをお持ちしますよ。」と笑顔で言ってくれるのです。



ドリンクバーは自分でもってくるもの。

という概念があった自分には驚きでした。

素敵なお店だなぁ。と思います。



しかし、話に続きがあるんです。

いつもいる、その店員さんが今日はいませんでした。

違う店員さんに案内されて席に着き、お決まりの一言!

「ドリンクバーください(キリッ!!)」



店員さん。

「ドリンクバーはあちらにご用意してございますので、あちらにどうぞ(ニコッ)」


ここで私は気づいたんです。

「あぁ。あの『お持ちしますか?』っというのはお店の決まりなのではなくて、あの店員さん独自の心遣いだったんだぁ…。」と。



その瞬間「当たり前」に感じていたあの店員さんの言葉があたたかく感じました。

今度会ったら「ありがとう」と心から言えそうです。


んっ?このエピソードと授業。

どう関係あるの??

という方もいるでしょうね。



このエピソードから学んだことは何か。

それは


「人は同じことを続けていくからこそ、『差』を感じ取れる」



ということです。



私はこの店に一回行っただけではこの店員さんの心遣いに気がつくことはできませんでした。

物事を一回しか行わない。それは「点」でしかありません。

何度も繰り返して「点」が「線」に変わっていくことで、その「差」を感じれるようになるのです。



授業も同じです。

どんなに素晴らしい実践であっても、一度しかできないようなものであったら、「差」感じ取ることはできません。

何度も何度も繰り返すことができるか?

すなわち継続性があるか?

これは授業を組み立てて行く上で大切な考え方です。



授業の三原則

①継続性があること


これの大切さを考えるエピソードがもう一つあります。




長くなってしまったので、

次回に続けたいと思います。






お読みいただいた方。

ぜひ感想をいただけたら嬉しいです!

モチベーションもあがりますので(笑)

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[]良い授業に貫かれている原則って?

前回の続きです。


「良い授業に貫かれている原則とは?」

今日はこの問いに真っ向勝負をかけていきたいと思います。

私が今まで見てきた中で「素晴らしい!!」と感じた授業には、必ず貫かれている原則がありました。

名付けて

「良い授業の3原則!」(パチパチ!)

まんまですね(笑)

そのうちもっとかっこいいネーミングをつけたいと思います。

でもこれが結構深いのです。

この原則が分かると、様々な実践の素晴らしい所が

浮かび上がってきます。

「この実践はこの点において素晴らしい!」

なんてことが見えるようになるんです。

または、付け足すべきものも浮かび上がってきます。

「この実践はこの原則に通じるものを付け足すとさらにパワーアップするなぁ…」

なんて感じです。

様々な実践を漁っていた過去の自分に教えてあげたいぐらいです。

この原則が見えてきたことで、

「これは今の自分には必要ない!」

「これは必要!」

「これは形を変えて落とし込む!!」

なんて風に直感で判断が出来るようになりました。


そんな大切な「良い授業の3原則」とは何か??

3原則なので、もちろん3つあります。

①継続性がある

②主体性がある

③連続性がある

いきなり難しい言葉になりましたね(笑)

でも大丈夫です

言われてみれば簡単なことですよ。

これらの説明については次の記事で!




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[]よい授業に貫かれている

前回の続きです。


「良い授業に貫かれている原則とは?」

今日はこの問いに真っ向勝負をかけていきたいと思います。

私が今まで見てきた中で「素晴らしい!!」と感じた授業には、必ず貫かれている原則がありました。

名付けて

「良い授業の3原則!」(パチパチ!)

まんまですね(笑)

そのうちもっとかっこいいネーミングをつけたいと思います。

でもこれが結構深いのです。

この原則が分かると、様々な実践の素晴らしい所が

浮かび上がってきます。

「この実践はこの点において素晴らしい!」

なんてことが見えるようになるんです。

または、付け足すべきものも浮かび上がってきます。

「この実践はこの原則に通じるものを付け足すとさらにパワーアップするなぁ…」

なんて感じです。

様々な実践を漁っていた過去の自分に教えてあげたいぐらいです。

この原則が見えてきたことで、

「これは今の自分には必要ない!」

「これは必要!」

「これは形を変えて落とし込む!!」

なんて風に直感で判断が出来るようになりました。


そんな大切な「良い授業の3原則」とは何か??

3原則なので、もちろん3つあります。

①継続性がある

②主体性がある

③連続性がある

いきなり難しい言葉になりましたね(笑)

でも大丈夫です

言われてみれば簡単なことですよ。

これらの説明については次の記事で!




お読みいただいた方。

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[]「良い授業とは?」という問いをもつ

この世の中にはたくさんの実践があふれていますね。

授業改善のためのノウハウ、テクニック、ハウツー…。

書籍になるぐらいなので、どれも素晴らしい実践なのでしょう。そして、その実践の奥には間違いなくその方の「信念」が貫かれています。

話は過去に戻ります。

私の20代の頃の目標は「自分引き出しを多くする!!」でした。

様々な実践を読み漁る日々。

様々な実践を真似しては失敗し、また違う実践を取り入れては失敗し…の繰り返しでした。

今振り返る、すごく恥ずかしいです。

しかし、当時に懸命に学んだことが今の自分を形作っているのでしょうね。

だから、様々な実践を取り入れていくのは悪いことだとは思いません。むしろ、その姿勢が大切なのでしょう。

しかし、自分は教師でとしての「核」が定まっていなかったので、実践はブレまくりでした。(みなさんにもそんな経験はありませんか?)

今、もし過去に戻って過去の自分に声をかけるとしたらこう聞きたいです。

「がんばっているね。ところで君は、どんな授業を目指しているんだい?」

「自分の目指す授業」

それが見えてくれば、自分が取り入れるべき情報の取捨選択ができるのです。


幸せなことに現在の私にはそれを考える環境があります。

「授業ってこうあるべきじゃない?」

「俺たちの求めている授業っとこうものじゃない?」

なんてことを本気で考えられる仲間がいます。

それが「学び続ける子どもの会」のメンバーなのです。(学び続ける子どもの会のことについてはこちらをご覧くださいね。)


話がそれました(笑)

授業を改善していくために

「良い授業」とは一体どのような授業か?

という問いに真っ向から向き合っていかねばなりません。

その問いを持ち続けて10年。

その答えがようやく見えてきました。

では

良い授業とは一体どんな授業なのか??

その答えは次の記事へ。






お読みいただいた方。

ぜひ感想をいただけたら嬉しいです!

モチベーションもあがりますので(笑)

感想はこちら↓

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[]「書く」ことは一石三鳥!

昨年の暮れ、教育課程研究会という会に参加させていただきました。

その時の講演である方がこんな実践を話されていました。





子ども達の聴く姿勢を鍛えるには「書かせる」といいですよ。

例えば、全校朝会での校長先生の話。

これを教室に帰ってから書かせるんですよ。すると、子ども達は朝会で校長先生の話を聴く態度が変わるんです。

そして、不思議なことに教えてもいないのに、話し方が変わってくるんです。

たとえば、「僕の言いたいことは3つあります。はじめに~・・・」などという話し方が自然に身についてきたんですって。

でもね。子ども達に書かせても、みんながうまく書けない時があるんですって。

それはね、「校長先生の話し方がわかりにくかった時」なんです(笑)

うまく伝わらなかった時は校長先生の話し方にも問題があるみたいですよ。

子ども達が書いたものをもとに校長先生と交流してみるのも素敵かもしれませんね。





この実践をされている方がどこの方なのかはわかりません。

しかし「さすがだなぁ。」と感じました。

この実践をされている方も我々と同じ「書く」(言語化する)という活動を通して様々なことを考える目を養おうとされているのでしょう。

上の話からもわかるように、「書く」(言語化する)という行為には3つの長所があります。

1つ目。

子ども達に「聴く姿勢」が身についていく

上の話では子ども達の「聴く」姿勢が変わりましたね。

「書く」という明確な目標があるので、「聴く」のです。

主体性をもって…なんてよく言われますが、主体性がある人は基本的に自分で「目的」「目標」を設定するのがうまい人です。しかし、それらを心にもつことが実は一番難しい。

そこで「書く」という明確な目標を子ども達に提示するのです。

その目標に向かうためには「聴く」という行為が大切になってきますよね。

「ちゃんと聴け!」ではなく、「書くためには聴くことが大事」というように

聴くことが「手段」となっていくのです。

2つ目。聴いたことが自然とインプットされていく。

上の話では、子ども達が自然に校長先生の論の運び方をまねし始めていました。

そうです。まさに「学ぶ」=「真似ぶ」ですね。

我々は脳で思考することで学ぶ(インプット)ことよりも自ら行動する(アウトプット)することで成長することの方が大きいのです。

いくらサッカーの本を読んでも、実際に練習しなければ上手くならないのと同じです。

何度も何度も繰り返していくうちに、それが自然につかいこなせるようになっていくわけです。

子ども達が本気で「聴く」経験が様々なものが子ども達に吸収されていきます。

話すスピード。表情。論の運び方。自分の考えへの繋げ方…

子ども達に自然に刻まれていくのです。


3つ目。評価として、授業者に跳ね返ってくる。

上の話では、子ども達が書けなくなる時は「校長先生の話し方」に問題がある。と言っていました。

そうなんですよね。言葉というものは消えてしまうものなんです。

話し手がうまく話せたか、言いたいことが伝わっているかを評価することは難しいのです。

一生懸命話したから「伝わっているつもり」でいたら、全然伝わっていなかった。そんな話は山ほどありますよね。私もそんな経験ありです(笑)

その「伝えたつもり」を厳しく評価してくれるのが、子ども達です。

子ども達の書いたものをみれば、話し手の足りない部分が浮かび上がってきます。


まとめます。

「書く」という行為には素晴らしい可能性が秘められている。

①「聴く」姿勢が身につく

②良い所が自然にインプットされていく

③授業者の評価となる


ということは…

これを日々の授業に組み込んでいけば子ども達の力がメキメキとついていくのでは?

その仮定で実践されているのが我々の「織り重ねる学び」です。

では、それを授業にどのように落とし込んでいくのか?



それは次回です!